風に乗って空を泳ごう

世界にひとつの布小物を制作する嘘とミシン。日々感じたことや体験したことを気ままに綴ります。

すばらしき世界

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西川美和監督の新作『すばらしき世界』を観て来た。

三上(役所広司)は人を殺して刑務所に13年いた元ヤクザ。

物語は出所後の社会で懸命に生きていこうとする三上と彼をとりまく愛すべき隣人たちとの日々を描いたお話だ。

 

一度人生のレールを外れた男が、すっかり変わってしまった世の中でひとりで生きてゆくことがどんなに大変なことか。

先週見た「ヤクザと家族」でも同じことがテーマになっていたので驚いた。

だが、当然ながら切り口が違った。

「ヤクザと家族」が厳しい父の目線だとしたら「すばらしき世界」は母の目線で描かれた映画だと感じた。

忘れられない台詞や素敵なシーンがいくつもあったのだが、それらに母親のような大きな愛情を感じて、全編にあたたかい太陽の光が注がれているような映画だった。

 

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元ヤクザで殺人犯。高血圧。カッとなると見境がつかなくなる。困っている人を見ると放っておけない優しい人。ムショでミシンの仕事をしていたから洋裁が得意でカーテンでもバッグでも何でも作れちゃう。自分を捨てた母親のことをずっと想い続けている。

そんな三上という人物が何ともチャーミングで魅力的なのだ。

一日も早く社会の一員になるべく努力しては失敗を繰り返す、不器用で子どもみたいな三上を見ているうちに「がんばって!」と応援している自分がいた。

だから衝撃のラストシーンに一瞬呼吸が止まるほどショックを受けて、しばらく立ち直れなかった。

悲しくも清々しいラストカットの美しさは西川監督作品の中で一番だと思った。  

 

役所広司。いつも思うことだが今回は特にものすごく繊細な表情の変化を見せてくれて、その顔を思い出すだけで今も泣けてくるくらいだ。

脇を固める役者も名優だらけだが、なかでも三上に寄り添うテレビ局の男を演じた仲野太賀がしみじみ良かった。

仲野太賀は「今日から俺は!」で演じたアホの今井の役が最高だと思っていたけど、これからは「〈すばらしき世界〉の仲野太賀が一番好き」と上書きしよう。

 

三上が過ごした普通の人間の日常生活。

結局それはタイトル通り〈すばらしき世界〉だったのか、それとも皮肉を言っているのか、それは見る人によって感じ方が違うと思う。

私は、三上はたしかに〈すばらしき世界〉にいたのだと信じることにした。

終わった人と、飲みながら感想を語りたくなる映画だった。