風に乗って空を泳ごう

世界にひとつの布小物を制作する嘘とミシン。日々感じたことや体験したことを気ままに綴ります。

ミナリ

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金曜の夜は「レイトショーで映画鑑賞」がここ最近のお楽しみだ。

先週は韓国系移民二世、リー・アイザック・チョン監督作品「ミナリ」を観た。

 

内容について知っていたのは〈韓国人ファミリーがアメリカンドリームを掴むために奮闘する物語〉という情報と、聞き慣れない韓国語の「ミナリ 옷차림」という言葉が、香味野菜の「芹」という意味であることだけ。

このチラシ、初見ではなんだかパッとしない雰囲気がしたが、話題の映画制作会社《A24》とブラット・ピット設立の《plan B》が共同制作したアメリカの映画だということで興味が湧いたのだ。

夜の劇場に滑り込んでみると、自分以外5人!しか観客がいなかった。

「え、この日公開初日だよね。レイトショーとはいえ、「ミナリ」は日本では「パラサイト」のようには当たらないだろう」この時思った。

チラシにはアカデミー賞最有力候補とデカデカと印字されているけれども。

こういう移民たちの苦悩や成功や失敗を描いた物語はアメリカでは受けるのだろうな。

 

舞台はアメリカのアーカーソー州にある広大な未開地。

圧倒的に美しく厳しい自然を相手に、農業で一山当てようという夫。この夫がかなり無策略というか、言ってしまえば自己中でちょっとバカなので、家族はかなり振り回されるのだ。

その様子に終始イライラ。

ハリケーンが来れば一発で吹き飛ばされるトレーラーに住み、水も止められるほど生活は困窮していく。突然夫婦間には喧嘩が絶えず、見ていて辛い状況が続くのだが、子育てに手が回らない夫婦が母国から呼び寄せた妻の母親が登場する頃から物語が大きく動き出す。 

ここからラストまではドラマとして面白かった。

 

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ユン・ヨジョン演じるハルモニ(おばあちゃん)は、しゃがれ声で所作はガサツだし、花札をする時にはとくに言葉遣いが乱暴になる。

でもユーモアがあって懐が深く、魅力的なひと。

このおばあちゃんと、生まれつき心臓に疾患がある下の男の子デビッドが、ある事件をきっかけに強い絆で結ばれるラストが良かった。

 

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かわいいデビッド。この子の演技がとっても自然で子供らしくて和まされたわ。

あとちょこちょこ出てくる現地のアメリカ人たちに不思議な奇行(十字架を背負って野道を歩く男とか)が見られたんだけど、宗教との絡みから来るものらしく、詳しく描かれなかったので、そこはよく分からなかった。

 

この一家の開拓物語をアメリカ版「北の国から」って言う人もいるけど、いやいや、それはちょっと違うよ。

倉本聰先生の脚本は人間関係や心理描写をもっと緻密に描いていたし、たくさん泣かされたよー。

と思った私。あ、音楽はとにかく良かった。

サントラが出たら聴きたいと思っている。

 

Thank you カエル展

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円山「クスクスオーブン+ホッパーズ」さんで20日間開催されていた『手づくりカエル展』が終了しました。

雪解けで道が緩んでいるなか足を運んでくださり、カエル作品を手に取って下さった沢山の方々にお礼申し上げます。

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私もおやつを買いがてら展覧会を見てきました。店内はクッキーやケーキの焼けた美味しい香りと共に、きれいにディスプレーされたカエルグッズの緑色が眩しく、北国にも春が来たよ〜といった雰囲気でした。

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ちょうど自宅のキッチンではくスリッパを買い替えようかなと思っていたところに、カエル刺繍が施されたスリッパに出会いました。

市内にある「地域自立応援センター」に所属されている「座れ屋」さんというクリエイターの作品でした。

一筆書きみたいなカエルがいい味を出してるし、挟まってる厚紙にもかわいいチューリップが描かれているところにキュンでした。

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極め付けはこの鍋つかみです。

何というアヴァンギャルドなアップリケなのでしょう。「カレーバカ」とは、夕飯を作り置きして夜遊びに出かける時には決まってカレーしか作らない私のことを言ってるのかと思いました。「たいしぼう」に「カタルシス」それに「うそ」って文字も入ってるし!

この鍋つかみはカエル作品ではないですが、「座れ屋」さんのこの自由な感覚に一瞬で惹かれてしまいました。

新しい作り手との出会いがあるのも、このような展覧会に参加する醍醐味です。

 

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札幌の雪解けは去年よりも早いような気がします。こんな時ですが、やっぱり毎年春の訪れにはウキウキするものですね。

新しい靴を買って、ピョーンとカエルのようにどこかに飛んで行きたい気分です。

 

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《今日のおまけの写真》

「カレーバカ」に匹敵するインパクトのある商品を近所の面白スーパーで見つけました。

ネギバカ。はい、私がネギバカです。

ラーメンにも蕎麦にもネギをたくさん盛りたいし、牛タンもネギまみれにして食べるひとです。

ネギ味のおかき。かなり期待して食べてみたのですが…冷めた焼肉みたいな味がして、いまいちでした。

大きいほうの袋を買わなくてよかった!

 

 

あの頃。

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映画「あの頃。」。

なんせキャッチコピーが《“ハロプロ”に魅せられた仲間たちの笑いと涙の日々を描いた青春エンターテイメント。》だ。

正直あまりそそられなかった。松坂桃李や仲野太賀が出ていなければ観ることはなかっただろう。

そんなわけで、映画はそれほど期待しなかったが舞台挨拶は見たかったので、ライブビューイングつきの回を予約した。

しかしなんだろう。予想に反して見終わった後の清涼感が凄かった。

雪解けのあとの道端に福寿草の花を見つけた時のような、小さな春がやって来た喜びにも似た清々しい気持ちになった。

つまり、とってもいい映画だったのだ!

 

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物語は「あの頃。男子かしまし物語」という、松坂桃李演じる主人公・剱樹人さんが書いた自伝的エッセイがベースになっている。

大学院受験に失敗し、彼女も金もない、うだつの上がらぬバンド活動をしている剱が、ある日あややの「♡桃色片想い♡」のMVを見たことからハロプロファンになり、おたく仲間と出会う。

前半の、くだらなくも楽しいバカ騒ぎの日々は男子にしかわからない世界ではあるが、笑えた。私は男の子の母である。そのノリは嫌いじゃない。

アイドルでもバンドでも、俳優でもなんでもいい。いくつなっても推しがいる人生って素晴らしいし、こんなふうに同じ人を好きになった仲間がいるってもっといいことだなと感じさせられた。

 

物語後半に予想もしなかった悲しいことが起こる。

その展開があったおかげでこの映画がただの「男子かしまし青春物語」にならずに済んだのだと思う。

ネタバレになるので詳しくは書かないが、メンバーの中で一番キャラが濃い「コズミン」の身に降りかかったある出来事を巡って、仲間がより絆を深めることになる。

「すばらしき世界」でも感じたが、コズミン役の仲野太賀の存在感がすごかった。コズミンの生き様はとにかく凄まじく、主役を食う勢いがあった。

ケチでプライドが高いコズミン。クセが強くてそうとう面倒くさい嫌な奴だったのに、あの屈託のない笑顔が忘れられそうにない。

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話は変わるが、舞台挨拶前に館内では大音量で松浦亜弥の「♡桃色片想い♡」が流れていた。

弾けるあややの歌声に自然とテンションが上がり、小さく鼻歌を歌う自分がいた。一世を風靡したアイドルの歌にはその場の空気をキラキラに変えるパワーがある。

1990年代も終わりを迎えようしていたあの頃の芸能界は、モーニング娘。松浦亜弥ハロープロジェクトがアイドルムーブメントを牽引していた。

自分のことを思い返せば、ススキノの薄暗いカラオケボックスで仲間と裸足でモー娘。の「ラブレボリューション21」を歌い踊って馬鹿騒ぎしたこともあった。あのとき付き合っていた仕事仲間や友だちの顔が甦ってきた。

映画の力ってすごいな。映画が始まると私も一瞬で「あの頃」の空気に戻れたのだから。

 

映画では彼らが狭いライブハウスでモー娘。の楽曲を歌い演奏するシーンや、小汚いアパートで酒を飲んで騒ぐシーンが何度も出てきた。

今見るとこんなことしていたのが信じられないくらいの、密密な空間と行為だ。

ああ、懐かしいなぁ。仲間とこうして唾を飛ばしながら騒いだり、飲んだり、何も考えずに遊んだりしたいなぁとしみじみ思った。

コロナが明けたらそんなことが再開できるのだろうか。

長い自粛により現在、心が凪状態。どう騒いで良いか忘れている気がする。

それに最初は何か気恥ずかしくて、お互いにモジモジしちゃいそうだ。

 

 

 

 

 

 

 



 

雪の日の卒業式

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こんな小さな頃からずっと嘘とミシンのモデルをしてくれていた姪が、今日高校を卒業した。

おしゃれが大好きで、私と好きなものが似ている彼女はモデルを頼むといつも「いいよー」と快く引き受けてくれ、天気の良い日にはよく公園や山で撮影をさせてもらった。

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この「名前ちゃん三角ポーチ」は初期の頃に生まれた作品で、今も作り続けている大事なもの。

この日着てきてくれた星柄のスカートとピンクのサンダルに三角ポーチの組み合わせがとてもかわいらしくて、何枚もシャッターを切ったのを思い出す。


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手足がすらっと長く洋服が映えるお人形体型の姪と大切な作品を一緒に撮るのは、叔母としても毎回心が踊る時間だった。

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中学生になると部活や勉強で忙しくなり、土日に妹宅にお邪魔してベランダで撮影させてもらうことが多くなった。

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「あの時のあれ、すぐ売れたんだよ〜!」報告すると「わ!ほんと!良かった。」といつも喜んでくれた姪。

この頃、うちの中では常にムスッと反抗期だった息子の態度に手を焼いていたので、いつまでも変わらない素直で朗らかな姪に会うと和んだものだった。


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高校生になって彼女はますます忙しくなったけれど、たまたま時間が合った休日に海まで連れて行って撮影したのも良い思い出だ。

「海に来たの久しぶり〜」と目をつぶって深呼吸しリフレッシュしてくれていたのが、何だかこちらも嬉しかった。


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姪は4月から大学生になる。

努力家で成績優秀な彼女は、もういくつかの大学の合格通知を手にしている。しかしまだ本命の受験結果が出ていないため、正式にはどの大学に進むかは決まっていない。

そしてどこになっても本州の大学なので、北海道を離れることになる。

 

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そんな彼女の卒業式のために、今回世界にひとつのスペシャルなヘッドアクセサリーを作らせてもらった。


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テーマはPoupeé(プペ=お人形)。

式に着るDOUBLE MAISONの黒いプペコートドレスに合わせて、純白のヘッドドレスにした。

 

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形は頭にちょこんと乗るトークハットタイプ。ベースにウエディング用の薔薇の花があしらわれた高級オーガンジーを貼った。目深にかぶると瞼に水玉のチュールがかかり、高貴な雰囲気になる。

てっぺんにたっぷり盛ったフェザーやシルクのリボンが、歩くたびにふわふわ揺れる。

その様子はきっとドールっぽさ満点だ。

 

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裏側には思い出の生地を使った。

18年前、姪を妊娠していた妹のためにと私が作った「らくらくパジャマパンツ」の生地の端切れだ。

母娘ふたりを繋ぐ特別なヘッドドレスになったのではないかな。

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DOUBLE MAISONは私が10代の頃から尊敬するスタイリスト、大森伃佑子さんがプロデュースするブランド。

たくさん並んだボタンやふわんと膨らんだ袖、フリルの襟やキュツと締まったウエストなど、オリーブ少女が大好きなディティールがぎっしり詰まったドレスが多い。

けど隅々まで質が良く、おばあちゃんになっても着られる普遍的なデザインなのが、さすが名スタイリストの仕事だと感じさせられる。


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花びらのように大きな雪が舞い散る中、卒業式を終えた姪が晴れ姿を見せに来てくれた。

白いヘッドドレス、透き通るような肌、黒いプペコートドレス。そのコントラストが思ったとおりとても相性が良く、叔母の贔屓目フィルターを通さずとも式でNo. 1に輝いていたのではないかと思う。

(あ、でもこの発言はやっぱり叔母バカだな)

 

4月から遠くに行ってしまうのは寂しいけど、それよりも姪の旅立ちを応援する気持ちの方が大きい。

今までのように気軽に作品モデルをしてもらうことは難しくなるけれど、私がそちらに出向いていけば良いことだ。

新しい土地で自分のやりたかった学問に楽しく取り組み、友だちに恵まれ、何より心身ともに健康でありますように。

そんな願いをいっぱい込めて。

 

ふうちゃん、卒業おめでとう。

 

 

春を呼ぶカエル展、はじまります

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今年の『啓蟄』は3月5日。

毎年この日を記念して開かれる楽しいイベント『手作りカエル展vol.18』に、嘘とミシンのカエル作品がおじゃま致します。

 

場所は札幌円山もみの木so1階にある

おいしく安全なお菓子と雑貨がいっぱいの

クスクスオーブンプラスホッパーズ。

https://couscoushoppers.com

 

開催期間は

3月2日(火)~3月21日(日)

11時から17時までOpen

会期中は毎週月曜+3/14(日)がお休み

 

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今回嘘とミシンはカラフルなカエルのマスクケースを作りました。

春らしい色柄の生地で仕立てたケースにキョロキョロ目玉をつけたら…何ともとぼけたカエルのお顔になりました!

中の生地はさまざまな布をコラージュしていて全部違うので、ぜひ開いて確かめていただきたいです。

 

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長財布のような形状で、パリッと張りのある質感。

パタンと折って手に持つとクラッチバッグのようにも見えます。


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開くとレギュラータイプのマスクケースと同じく右側のゴムに一旦外したマスクを挟んで、左側のポケットには除菌シートや予備のマスクをしまっておける仕様。

コロナが落ち着いてマスクが要らない世の中になったら、通帳や各種手帳などを入れるケースとして使うのはいかがでしょう。


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そしてもうひとつご紹介するのはゆるふわガエルとおたまじゃくしのポーチです。

 

寝ぼけ眼で半笑いしているカエルくんと

卵から孵ったばかりの元気なおたまじゃくしちゃんの、ゆるふわコンビがかわいいポーチです。


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いつもと同じく、中の生地は全部違って全部ステキ〜!

サイズは約13センチ四方。

サニタリー用品やイヤホン、お菓子などバッグの中でごちゃつきがちな小物を入れるのに便利な大きさです。


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ツルツルとした美しいサテンのキルティング生地。

私はこの生地が大好きなんですよね〜。

今回ブランドタグは外側につけました。


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私も他の作家さんのカエル作品を見に、会期中に遊びに行きたいと思いますよ。

 

『手作りカエル展 vol.18』は3/2(火)から!

たくさんの方に楽しんでいただけますように。

 

 

手づくりのよさ

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嘘とミシンの作品は何年経ったものでも無料で修理を承っています。

懐かしい作品たちはどれも持ち主さんが愛用してくれていたことが分かる「年季」を身にまとって里帰りします。

このバッグは幼稚園のレッスンバッグとしてお作りしたもの。

星や月をアップリケした、こんぺいとうみたいな色合いが優しい雰囲気を醸し出していて、私も大好きなバッグです。

最初にお姉さんが使ったあと、現在は妹さんがご使用中。姉妹で長く使っていただき本当に嬉しいです。


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新品だったブルーデニムの持ち手が、いい具合にアタリが出てヴィンテージデニムの味わいに育っていました。

小さな手で毎日ぎゅっと握っていたのでしょう。それがたまらなく良いと思ったので、持ち手はそのままに。

バッグの口周辺が擦り切れていたので、4種類のバイヤステープを使って手縫いで縫い付け、丈夫にしてみました。

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取れてしまったいくつかのビーズやスパンコールは新しいものを付けて、擦り切れたバッグの角はハギレを三角にして縫いとめて補強。

長年使ってきたものとはいえ、ビーズやスパンコールは意外と無くなってはいなかったことに、毎度気付かされます。

糸で留める際、かなり丈夫に、しかし見苦しく無い程度に縫いとめていたおかげなんだろうなと自分の作業を褒めてあげたりして。

ひと針ひと針丁寧に縫い進める手づくりの良さをお直しさせてもらうたびに感じます。

 

嘘とミシンのグッズをお持ちの方で修繕をご希望の方は、いつでもお気軽に連絡を下さいね。

(ホームページの「お問合せ」欄からどうぞ!)

https://usotomishin.com

すばらしき世界

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西川美和監督の新作『すばらしき世界』を観て来た。

三上(役所広司)は人を殺して刑務所に13年いた元ヤクザ。

物語は出所後の社会で懸命に生きていこうとする三上と彼をとりまく愛すべき隣人たちとの日々を描いたお話だ。

 

一度人生のレールを外れた男が、すっかり変わってしまった世の中でひとりで生きてゆくことがどんなに大変なことか。

先週見た「ヤクザと家族」でも同じことがテーマになっていたので驚いた。

だが、当然ながら切り口が違った。

「ヤクザと家族」が厳しい父の目線だとしたら「すばらしき世界」は母の目線で描かれた映画だと感じた。

忘れられない台詞や素敵なシーンがいくつもあったのだが、それらに母親のような大きな愛情を感じて、全編にあたたかい太陽の光が注がれているような映画だった。

 

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元ヤクザで殺人犯。高血圧。カッとなると見境がつかなくなる。困っている人を見ると放っておけない優しい人。ムショでミシンの仕事をしていたから洋裁が得意でカーテンでもバッグでも何でも作れちゃう。自分を捨てた母親のことをずっと想い続けている。

そんな三上という人物が何ともチャーミングで魅力的なのだ。

一日も早く社会の一員になるべく努力しては失敗を繰り返す、不器用で子どもみたいな三上を見ているうちに「がんばって!」と応援している自分がいた。

だから衝撃のラストシーンに一瞬呼吸が止まるほどショックを受けて、しばらく立ち直れなかった。

悲しくも清々しいラストカットの美しさは西川監督作品の中で一番だと思った。  

 

役所広司。いつも思うことだが今回は特にものすごく繊細な表情の変化を見せてくれて、その顔を思い出すだけで今も泣けてくるくらいだ。

脇を固める役者も名優だらけだが、なかでも三上に寄り添うテレビ局の男を演じた仲野太賀がしみじみ良かった。

仲野太賀は「今日から俺は!」で演じたアホの今井の役が最高だと思っていたけど、これからは「〈すばらしき世界〉の仲野太賀が一番好き」と上書きしよう。

 

三上が過ごした普通の人間の日常生活。

結局それはタイトル通り〈すばらしき世界〉だったのか、それとも皮肉を言っているのか、それは見る人によって感じ方が違うと思う。

私は、三上はたしかに〈すばらしき世界〉にいたのだと信じることにした。

終わった人と、飲みながら感想を語りたくなる映画だった。